育休8ヶ月と20日目。
復職するので、職場へ挨拶にいった。
休職前と同じ職場だ。違うのは私の職位だ。管理職から一般職に降りたので二〜三段階くらい下がる。降格を積極的に希望したわけではないがフルタイムで働くのは現実的に厳しく、というかやろうとも思わないので時短勤務。弊社は管理職だと時短勤務を利用できない規定なので降格を選択した。

覚悟はしていたが、前の職場とはいえ大歓迎はされていない。というか、みんな忙しそうで、私にかまっている暇などなさそうだった。もちろん「お久しぶりです。よろしくお願いします。ペコ」と言ってくれているが、以前偉かっただけの人とそれ以上のコミュニケーションは取ることはなかった。私だけ社会性抜群の笑顔を作っていったので浮いていたかもしれない。
確実に温度差があった。もちろん予想はしていた。私はあっち側に来てしまったから。
あっち側とはフォローされる側。こっち側とはフォローする側。時短はフォローされることが多く、フルタイムはフォローすることが多い。
私は入社以来、十数年こっち側で子育てや介護をする社員たちのフォロー(穴埋め)をしてきた。急な休みで休日出勤をしたり、当日に残業をしたり。とんでもない残業時間になったり。仕方なく友達や家族との予定をキャンセルしたり。周りに振り回されすぎて「わたしは何やってるんだろう。」と虚無感と疲労感に飲み込まれた時もある。それでも「社会の順番。いつか自分もフォローしてもらう時が来るかもしれないから」となるべく楽しみながら仕事をするようにしていた。あっちの人たちが上手いこと機能してくれれば、こっち側も楽になる。あっちにいる人はいろんな優先順位があって、たぶん仕事が一番ではない。それならばこっちはこっち側の道を全力で行く。稼ぐ。あっちのことなんてあまり気にしていなかった。むしろ出世のライバルが減ってラッキ〜くらいに思っていた。
そんな感じで働きまくっていたら、こっち側の指揮官として評価をされて管理職になった。社内でも最年少の管理職だったらしい。
でも、そのうち自分も疲れてきた。「子育てをしてみたい。」「もう会社と部下の事を考え続ける管理職なんてウンザリだ」「今は自分のことを考えたい」と感じ始めた。とにかく離れたくなった。あっちに行きたい。隣の芝生は眩しい。隣とは言えないくらい距離があるので、対岸と言おうか。とにかくシャイニーだ。

妊活をした。産休に入る時は解放感がすごかった。ずっと馬車馬のように走り続けていて息切れしていたので、いい休憩になった。長年感じていた身体の「なんかダルい。」はいつの間にか消えていた。
1年休職し、戦場に戻ることになる。今日はかつて自分がいた側の方々から「あっち側の方ですね」という認定式をされたようだった。当たり前だ。自分は戦いから降りたのだ。自分が違う畑に行っている間、戦い続けていた戦士たちは強く逞しく見えた。
今度はフォローされる側だ。迷惑をかける側になる。
【「こっち」「あっち」も無い!みんな一緒だよ!】なんて言う人もいるかもしれないが、それは無理だ。確実に大きな隔たりがある。間には川が流れていて、対岸にそれぞれがいる。それは勤務時間数の違いからはじまり、責任の重さ、プレッシャー、融通の利きやすさ等の違いがある。会社は会社の都合が一番だ。会社員ならば会社の都合に合わせて融通を聞かなければならない。私たち側はそれがしにくい。だからあっち側なのだ。こっち側の人たちが会社の都合にあわせて動いて支えてくれているから、あっち側にいられるのだ。
でも、これからも労働人口は減り続けるので、こっち側の人もあっち側の人がいなければ回らないこともあると思う。会社も、社会全体もこっち、あっち、そっちでうまくバランス取れていなければ回らない。
なので、フォローされる側だとしても変に恐縮しすぎるのもおかしな事になる。恐縮しすぎて頑張りすぎても自分がまた息切れする。子どもにもいい影響はない。だから上手いことやらねばならない。謙虚に。むしろあの頃の私と同じようにライバル減ってラッキ〜と思っている人もいるはずだ。現に私が降格して席を空けたことで、昇格している人たちが数人いるではないか。
迷惑かけたとしても社会の順番だ。あの時、馬車馬のように働いていたのはこの時のためだ。と思うようにする。思わなければやっていけない。謙虚に。(2回目。笑)
いざ働き始めたらまた対岸が羨ましくなるのだろうか。自分があちら側として扱われることがイヤになるのだろうか。もうウンザリと思った管理職に戻りたいと思う日が来るのだろうか。
私は自分のやりたいようにワガママに生きていく。B型だし。がんばる。謙虚に。(3回目)